各地で追悼が行われる。あれから23年、阪神淡路大震災

1995年1月17日の午前5時46分。
淡路島北部沖を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生し、未曽有の被害を出しました。

当時大学生だったアラフォーのメタボオヤジの大阪の自宅も本棚が倒れたり、食器棚の皿が飛び出して全部割れたりしたことを思い出しました。

 

戦後最大の震災被害

この地震で犠牲になった方は6,434名、負傷者は43,000人以上、680,000棟もの建物が被害を受けました。
ビルや駅が倒壊し、テレビが映りだした頃には阪神高速が倒壊している映像に衝撃を受けた記憶もあります。
神戸の街中ではあちこちで火災が起こり、度重なる余震で建物がさらに被害を受けるなどの影響も出ていました。

 

全国からの支援と復興

被災後は全国から様々な形で支援や救援が行われ、大阪の街中でもトラックや車が「支援」というサインをつけて神戸方面に向かっていました。
未曽有の大災害ではあったがライフラインの要でもある電気は1週間ほどで復旧していました。
震災後ひと月ほどで仮設住宅が建設されたが、郊外が多かったのであまりスムーズに入居が進むことがなかったと聞いています。
また1日に20,000人が訪れたといわれているボランティアの協力もありがれきの撤去や、本格的な復興事業が翌月には開始されていました。

 

各地で追悼式典が行われる

雨が降りしきる寒い朝でしたが本日も各地で追悼の式典が行われていました。
1995年12月に鎮魂と追悼・街の復興を祈願して行われた「神戸ルミナリエ」の会場ともなっている、神戸市中央区の東遊園地でも地震が発生した5時46分には被災者や遺族、ボランティアなど3,700人もの方々が黙とうをささげていました。

また23年という時が経ち、被災した方々も高齢化が進みつつあるのは事実。
未曽有の被害を出した震災の記憶、全国から寄せられた支援、復興への道のりを伝えてくことが難しくなりつつあるのかと思います。

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Posted by hiroro@